読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

hayamihoのブログ

フットボールを愛しています

Central Hôtel

日記を見つけました。

2000年の冬に、フランス・パリのホテルで過ごしたある3日間の日記です。

 

もう15年以上経つし、そろそろ処分しようと思います。

ここに書き写して、それから処分します。

 

プライバシーに関わる部分や、わかりにくい箇所は加筆・訂正しますが、ほぼそのまま載せます。

また、地名などの綴りは日記に当時の私が記載したものをそのまま載せます。間違っていることもあるかもですが、どうぞご了承ください。

 

個人的な儀式みたいなもんです。

 

すみません。

 

おヒマな方はぜひお付き合いください。

あとはスルーで結構です。

今から謝っときます。笑

 

2000年11月7日(火)

 

 

f:id:hayamiho:20160831001817j:plain

 

f:id:hayamiho:20160901093307j:plain

 

ホテルに移って2日目。少し貧血気味。

朝早く目が覚めた。洗面台で髪を洗って、灰皿と時計を買おうと思い、ホテルを出た。

洗濯物も持って出たけど、républiqueまで歩いてもコインランドリーが見つからない。かわりに朝市に出くわした。靴下や下着も売られていたので、洗濯するかわりに新しいものを買おうかな、と一瞬迷ったけど、無駄遣いだと思ってやめた。

RuePasteurも通ったので、Kに教えてもらったホテルを見に行った。高そうだった。本当に週1,500Fなのだろうか。

(当時、まだ通貨はフランでした。1F=14円前後だったので、1,500Fは2万円強です。)

 

Républiqueの少し手前のOberkamphからメトロに乗って、Richerou-Drouotまで行った。そこから両替屋を覗きながらOpéraまで出て、Samaritaire(デパート)に行こうと思っていた。途中、メトロを出てすぐの郵便局に入り日本に手紙を出した。

OpéraからLouvreまでの間にMONOPRIX(スーパー)があったのでのぞいてみたけど、腕時計も置き時計も100F以上した。灰皿も、適当なものが見つからなかったので出た。

Louvreをかわして左手に進んでいったところの、あまりきれいではないCaféを選んで、まず49Fのテレカを買い、エスプレッソを飲んだ。あー、おいしい、とホッとした。温かいものを口に入れたのはその日それがはじめてだった。

雨足が強くなってきて、フードをかぶった。

 

LesHallesに出て、ポンピドゥーセンターの横を通ってなんとかセーヌ川の方に出ようと歩いていると、Hôtel de Ville(市役所)に出た。その前にBHV(家電などが揃っているホームセンターみたいなデパート)があったのでそこに入った。夏に来た時もここに来て本を買った。入ると、SEIKOやCASIO、ESPRIT、SWATCHなどキラキラした腕時計が売られていて、270F〜1,500Fだった。どうせ買うならちゃんとしたもの買おうかな、と思ってしばらく真剣に選んでみたけど、好みのものがなかったので結局やめた。置き時計も、いちばん安いもので88Fだった。すごくちっちゃいの。だから、エスカレーターに乗って、上の食器売り場に移動した。Fondue用の燃料とナベおきがあったので、ホテルで火をおこしてやろうと思いついたけど、家電コーナーのコンロの方が安かったのでやめた。電気コンロが1台199F(約3,000円)で欲しかったけど、日本で使えない電気製品を買ってもしょうがないのでやめた。

結局、14Fでガラスの貝殻風のお皿を一枚買い、それを灰皿として使うことにした。

外に出ると、なんでも50Fで売っている露店が並んでいて、腕時計のお店もあった。そこでカルティエのイミテーションを買った。もちろん50Fで。お店のお兄さんにVous venez du Japon?ときかれたのでOuiと答えると、「コンニチハ!イラッシャイマセ!」と日本語が返ってきて、笑った。笑ったら、ちょっと気持ちが和らいだ。

時計にはちゃんと保証書と替えの電池が付いていた。50F(約750円)なのに!

そこからしばらく歩いて、"Open Café"という明るい店に入った。"Un thé naturele, s'il vous plaît"とオーダーしたら"Pardon?"と聞き返されたので、メニューを見たら"Un thé nature"だった。(間違えてました)

アールグレイが出てきた。美味しかった。

そこからあてもなくグルグルとOpéra目指して歩いてたらマックが見つかったのでチーズバーガーを2個買い、すぐ横の入り口からメトロに乗った。そしたら、その駅はちょうどStrasbourg-St.Denisで、Rue des Bouletsまでまっすぐ一本だった。

ホテルに帰って、チーズバーガーをひとつ食べて横になったら寝てしまい、目が覚めたら9時だった。またチーズバーガーを食べて、顔を洗った。鏡に映った自分の顔を久しぶりに見てみたら、口の右端に水ぶくれのようなものがいくつかできていて痛かった。ヘルペスかもしれない。枕に、自分のタオルを敷いた。栄養の問題なのか?わからない。

 

2000年11月8日(水)

 

今日は、一旦7時頃に目が覚めたけど、結局9時まで寝ていた。ポテトチップのたべすぎとビタミン不足で口の中が傷だらけで痛かった。

顔を洗って、干しておいた洗濯物をたたんで、外に出た。12時くらいだった。

今日はNationの方まで行った。はじめはⓂ︎1に乗ってChatrêtに行きPont-NeufやNotre Dameのあたりを散歩しようと思っていたけど、NationにあるのはRERとⓂ︎9だけだった。Ⓜ︎1の入り口を探しているうちに、道に迷った。そしたら、偶然MONOPRIXを見つけた。ラッキー!

もう、すぐに入った。そして、ろうそくとアルミ製の使い捨ての皿、Volvicと紅茶とクロワッサンをカゴに詰めてレジに向かった。レジの女の子がとっても可愛くて、金髪のポニーテールの明るい子だった。"Merci, Au revoir!"の時、すごく素敵な笑顔で目を見て言ってくれ、もうそれだけで気持ちが少し明るくなった。

ホテルに帰って、さっそくろうそくを使ってお皿にお湯を沸かしてみたら、沸いた。

それで紅茶とあったかいスープとクロワッサンとフルーツジュースという完璧な朝食を摂ることができた。

15時にまた外に出て、家に電話したら母が出た。

サッカー日本代表アジアカップで優勝したことを確認して電話を切ろうとしたら、

「あんたホテルにうつったの?じゃ、もう帰ってきなさい。」と言われた。

予定を切り上げるにはお金がかかりすぎるので(航空券を買い直さなくてはならない)まだしばらくいる、と伝えると送金するからすぐ帰るようにと説得され、送金先を聞かれた。仕方がないので、Sの住所を教えた。

「レチノールクリームも買ってきてね」と言われた。

(この頃化粧品へのレチノール配合が日本では未承認か何かでフランス行くと普通に売っているのでよく頼まれました)

そのままRue PasteurのHôtel du Mondeに行き、13日から23日まで(しか空いてなかった)キッチンとシャワー付きの部屋を予約し、予約金200F(1泊分)を払った。その帰りにSに電話して、今日21時(この日記を書いている時点ではまだ夜になっていない)から会う約束をした。

 

f:id:hayamiho:20160901100028j:plain

 

今日は珍しく人に道をきかれなかった。ただ、時間をきかれただけだった。

よかった。

"Je suis désolée...je ne comprends pas du tout. Je suis touriste."と言わずに済んで。

 

2000年11月9日(木)

 

今日、いつもと同じくらいに目を覚まして、パジャマのままタバコを吸っていたら、掃除の人がガチャッと鍵を開けて入ってきた。「他の部屋を先に片付けてからまた後で来る」と言って出て行った。私は急いでお手製の発火装置や灰皿を片付け、顔を洗ってクリームをつけてコートを着て部屋を出た。

Richerou-Drouotまでメトロに乗って行き、Bourseの両替屋で100円=7Fで両替した。でも、後で通りかかったOpéraの辺で100円=7.14Fだったので少し損した。そのあと、Louvreのところであまりに寒く、耳が痛かったので、Caféに入った。で、また例によってThéが何回言っても通じず、何度も諦めずに繰り返してようやく通じた。ウェイターのおじさんの愛想の良さに見覚えがあったので、店の中や外の風景をよく観察してみたら、夏に来て、もう二度と来るもんか、と思ったあの"CORONA"だった。心配していたお会計は25Fで、夏のアイスティー45Fよりはマシだったけど、やっぱり少し高い。

(観光地ど真ん中にある観光客向けのカフェで値段設定がやや高めのお店だったのを知らず、夏にうっかりテーブル席でアイスティーを頼んでしまった私が悪かったです。いつもカウンターでエスプレッソを飲んでいたので、ウェイターから45Fと聞いてびっくりしてしまい、このお店の人とは少し揉めた経緯がありました。確か「パスタ50Fでなんでお茶が45Fやねん!」と。まだ日本にスタバがない時代ですから、飲み物に700円が信じられず、世間知らずでもありました。ということで、CORONAはそんな悪いお店ではないはずです笑)

そのあとPontNeufに行ってセーヌ河の写真を何枚か撮り、St.German des Prèsをウロウロしたあと、GibertJeuneという本屋に入った。そこで"La Litterature à Paris"というラルースのガイドブックを160Fで買った。けど店を出るときなぜか警報がなってしまい、黒人のごつい警備員さんがやってきて、袋の中の本とレシートをチェックし、手ぶらで扉を通過するように言われた。それで何も異常がなかったので、外で本を返してもらえた。よかった。

ホテルに帰る道すがら、近所のパン屋でチキンとトマトのバゲットサンドを買って食べた。

夜になってから、明日一緒にReimsに行こう、と言っていたSに電話したが留守だった。

電話した帰りにNationにあるcharcutier(お惣菜屋さん)でサラダなどを買って帰った。それがメチャクチャおいしかった!

フランスに来てからこんなに満足したのは初めてだった。インゲンとトマトのサラダと、スモークサーモンとツナの入ったポテトサラダだった。どちらもあっという間に平らげた。あーおいしかった。

 

2000年11月10日(金)〜11日(土)

 

10日、SとReimsに行き、そのあとStrasbourgに行った。

8日(水)に一緒に食事した時、10日にReimsに行こうと誘われていたので、9日(木)に電話で時間を確認したところ、待ち合わせは11時となった。起きてから約束の時間まで少し空いていたので、マックでモーニングsaléを食べてホテルで村上春樹を読んで待っていると、12時頃に彼が迎えに来た。そのまま車に乗ってReimsの大聖堂まで行った。

車の調子がすごく悪かったようで、出発前に点検してもらったが、原因はわからないようだった。でもそのままStrasbourgへ向かった。

遠かった。

そして、車はやはり故障していて、突然スピードダウンしたりを繰り返した。踏んでも踏んでもダメみたいだった。そして最終的には高速道路上で何度かエンストした。

Strasbourgを出たのが、深夜1時か2時頃。

レストランで、「もう会わない方がいい。」という合意に達したそのあとだった。

(ホテルに移り住む前、私はSのアパルトマンで彼と同居していましたが、彼が結婚を望んでいることがわかり、まだ若かった私は彼のアパルトマンを出ることにしました。)

 

帰りの高速道路で、Sは支離滅裂な言動を繰り返した。

「やっぱり友達として食事くらいならいいことにしよう」と言い、すぐ次の瞬間には「二度と電話してこないでほしい」と言った。

キスしようとした彼を拒むと、「やっぱり友達として会い続けるのは辛いからもう二度と会わないようにしよう」と言った。

そしてとつぜん「明日は何をするの?」と聞くので「航空会社に電話する」と答えると、「何を考えてるの?」ときくので「航空会社に電話すること」と答えた。

 

すると

「やっぱりわたしには疑惑があります。あなたはすぐ日本に帰るのは良い考えではない。やっぱり一ヶ月こっちにいるようにすれば良い。」

と言い出した。

そして二人の新生活について、それに向けて私たちが話し合うべきこと、妥協すべきことをあれこれ語り始めた。

 

わたしはそれらの提案をぜんぶ拒否した。

すると彼は突然、高速道路の追い越し車線上でギアをパーキングに入れて車を止め「あなたはわたしを遊んでいる」と言った。

深夜で前後を走る車はほとんどなく、たまに一台か二台通りかかるくらいで、車線も4車線くらいある道だったけれど、怖かった。

わたしは何も言わずに黙っていた。彼は"shit, shit"とずっと繰り返しながら車を蹴ったりハンドルを殴ったりしながら時速160㎞くらいで運転を続け、サービスエリアに入っていった。

そして車を停めると「何か話しをして」と言ってきた。

困ったわたしは、父の死と犬の話をした。

すると彼は、

「これを言ってしまうともう終わり、ということをわたしはあなたに言ってしまいたい。」

「わたしはあなたを殺したいです。」

「これは本当です。」

「あなたは私に近づいてはすぐ逃げる。ネズミのようです。これはゲームです。またあなたが逃げれば、またあなたの勝ちです。もう私はあなたを殺すしかありません。そうすればゲームは終わりです。」

「あなたとセックスできないなら、あなたを殺します。殺すこととセックスすることは同じです。私はあなたをとても殺したい。」

「あなたを殺す夢ばかり見る。」

「もうゲームを終わりにしましょう。」

といった。

 

私は、こんな変なフランス人に殺されて一生を終えるなんて嫌だと思った。

 

さらに彼は自身の病気(身体的な持病)のことを持ち出してこういった。

「あなたは一度わたしを殺した。わたしがこの病気になったのはあなたのせいです。だから私もあなたを殺します。」

 

信じられなかった。私は何も言わず、黙って車を降りてカフェテリアに入った。

彼は慌てふためいて追いかけてきた。

私は、他の客の車に乗せてもらうか、朝までそのサービスエリアで過ごそうと決めていた。時計を見たら、午前4時30分だった。店内には、高校生か大学生くらいの若い男の子が4人楽しそうにおしゃべりしていた。追いかけてくる彼の腕を振り払いながら、遠くにいるこのグループに助けを求めると一人の男の子が気付いてくれた。

だけどそこにすかさず彼が入ってきた。

たまらず私はトイレに逃げた。

女性用の個室に入ってどうしようか考えていると、なんと彼もそこにきて私のいる個室の前に立った。

「車に戻ろう。」というので、「殺されるから嫌だ。置いていって構わないから、どうか一人で帰って。」とお願いした。

すると、絶対に殺したりしないし、自分は人を殺したことはない、ゲームに負けたのを認めたくないだけだった、悪かった、と言うのでその言葉が本当かどうかもう一度念を押して、車に戻った。

 

車に戻ってからも、私は彼が本当に狂っているのがわかった。

怖くて胸が苦しくなって手も足もガタガタ震えていた。

それからパリに着くまでは、彼に逆らわないと決めた。

 

「今日はひとまず帰って眠りなさい。」

「起きたら夜A(友人)の家に行こう。」

「それから私のアパルトマンに戻り一ヶ月一緒に暮らしましょう。」

「私は大名であなたは家来です。奴隷ではないので異議を唱える権利は認めるけど、決定するのは私です。私はあなたを素晴らしい人間に作り上げます。」

「私の言うことを聞いていなさい。従っていれば何でも好きなことが出来るようになる。」

「でも、決めるのは私です。」

「大名は家来を尊重するので、家来の意見が正しいと思えば耳を貸します。ただし、家来も大名を尊重しなければならないので、裏切りは絶対に許されません。」

などなど。

全部、Oui、Oui、D'accordと従って、刺激せず、おとなしくしていたら、とても満足していた。本当に病んでいる。目がおかしかった。

 

そして午前7時過ぎにCentral Hôtelについた。午後迎えに来るから用意しておくように、と言って彼は帰った。

私はすぐにKに電話して荷造りし、コンシェルジュのおばさんに部屋の鍵を返してチェックアウトし、タクシーに飛び乗ってここにいる。いま、Kのアパルトマン。

今日はK、バイト7時までと言っていたのにまだ帰らない。いま11時20分。土曜の夜だから、どこか行ってるのかも。

私は怖くて一歩も外に出れない。

 

 

 

 

 

注釈1:Sはその後、別の日本人女性と結婚しましたが、その女性を殺害しようとした罪で起訴されたと聞いています。

 

注釈2:わたしは無事日本に帰れました。

(が、未だに殺人事件などの報道に触れるたび、この夜の出来事を思い出して胸が苦しくなったり夜眠れなくなったりします。)