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hayamihoのブログ

フットボールを愛しています

VfB Stuttgart-DSC Arminia Bielefeldに浅野拓磨が特集されてました!(訳がんばってみた)

サッカー

20161106 VfB Stuttgart - DSC Arminia Bielefeld

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全部ドイツ語でわけわからん!

 

ということで、ドイツ語全然わからんなりにネットの無料辞書を駆使して訳してみました。間違ってるかもわかりませんが、大体の内容をつかむ程度の感じで、優しい気持ちで読んでみてください。笑

 

【選手ポートレイト:浅野拓磨】 

 

故郷を離れたハンター

 

浅野拓磨はとても幸運だ。同僚の細貝萌と妻の中村明花の家に招かれ、月に何度かは彼らの自宅で温かい手料理にありつけるからだ。

 

Was sich im ersten Moment nicht allzu spektakulär anhört, treibt einem in Wirklichkeit das Wasser im Mund zasummen.

⬆︎

(この1文がどうしても意味がわかりませんでしたので、原語のままにします)

(意味としては、最初に衝撃的な音が鳴り響くことはない、それは実際口の中の水だ、みたいな感じなんですが、ドイツ語の表現に慣れていないためうまく訳すことができませんでした。なんか口語的な表現なんですかね?ご存知の方いらっしゃいましたら是非教えてください🙏💦)

 

中村明花は料理本を出版するほどの腕前で、二人のVfB日本人選手に最高の故郷の料理をまるで魔法使いのようにそのテーブルの上に再現し振る舞うことができるのだ。

そこで浅野は、ほんのひととき、家に帰ったかのようにくつろぐことができるのだった。

それは彼にとって、故国を後にしたこの夏以降ずっと続いている、ヨーロッパでの新しい挑戦の日々を少しだけ忘れてリラックスすることのできる大切なひとときだ。

 

「2013年にプロサッカー選手になった時から、いつかは海外でプレーすると決めていました。」と彼は言う。

それがわずか数年で、ヨーロッパへの移籍として実現したことを心から喜んでいる。

そして、(この国で結果を出すということが)いかに大変なことか、始めは相当に苦労するだろうということも予感していた。

 

そして、生活のどんな点が何が変わったのか、それは「すべて」という一言で表現される。

彼にとっては生まれて初めての海外生活。

車の運転一つとってみても、左側通行だった日本とは反対側、右側を走らねばならない。

今まで、生まれ育った両親の家を出てからも、食事や洗濯の世話は誰かが焼いてくれていた。

それが今回は、全く自分一人だけの家に住み、家事などは全部一人でしなければならなくなった。

両親と6人の兄弟・妹がいる彼は、家族と遠く離れて暮らすのも初めてだ。

「何もかもが初めてのことだらけなので」

21歳の、言葉もわからない国に初めてやってきた日本人の青年は言う。

 「ちょっと慣れるまで時間がかかるかもしれない。」

 

もちろん全てがいつまでもそんな風ではなかった。

やがて彼は、最初は巨大に見えた新しい挑戦の山を少しづつ登り始めることに成功した。

細貝に感謝しているという。

「移籍が決まった時にすぐ電話で話をしました。その時にシュツットガルトの街について、またチームについてもいろいろと教えてくれたので、そのことですごく安心できました。」

グロスクロイツを始め、チームメイトにも感謝しているという。

グロスクロイツは、浅野が早くチームに馴染めるよういろいろと気を配ってくれ声をかけてくれた。

また、同時期に加入した新顔のカルロス・マネやベンジャミン・パヴァールとは、練習場でいつも一緒に過ごす仲間でもある。深く話し合うわけではないが、多くの時間を共有している。ただ、英語での会話があまり得意でないため、まだ短いやりとりしかできていないとのことだった。

中でも浅野が特に感謝しているのは、自称「ささやく通訳」、ジュンペイ・ヤマモリ氏だ。彼はハンブルグ育ちの日本人で、今まで数々の日本人選手のドイツでの活躍をサポートしてきた。今は浅野とともにVfBにいて、トレーニングやミーティングの場で彼をサポートしている。

「特にミーティングの時の長い会話のやり取りを理解できるのが助かっています。」

 

最近やっと生活も快適になってきた。

市の中心部にある自宅近辺を散歩するのが彼の楽しみだと言う。

リラックスできるし、言葉も少しだけ覚えたそうだ。

”Ich spreche nicht gut Deutsch."

(ドイツ語がうまく話せません)

これだけはすぐ言えるようになった。

また、交通ルールも徐々に覚えてきた。

「今のところ、まだ事故ってません笑」と彼はウィンクしてみせた。

 

また、この若い、来週の火曜日には22歳の誕生日を迎える日本人選手は、アスリートとしてもこのシュツットガルトで着実に成長している。

そもそも、ここへ来ることは彼にとって想定外だった。

今年の6月、彼が移籍の契約を結んだ相手は、アーセナル

彼のスピードと攻撃的なプレースタイル、そして何よりもその将来性を、アーセンヴェンゲル監督が見込んでの移籍だった。

だが、それからわずか2ヶ月後に状況は一変した。

クラブから彼は、労働許可の問題でまだアーセナルでプレーするには機が熟していないことを告げられた。

彼はこう言う。

「最初にレンタルで出されることがわかった時、自分にとって大事なのは、必要とされるクラブに行くこと、そしてそこで出場機会を確保しプレーを磨くことだと思っていました。」

 

これは浅野らしい言葉だ。

彼は今年すでに代表の試合に7試合出場している。

日本のJリーグでは2013年と2015年の2回もタイトルを獲得している。

さらにU23アジアチャンプオンシップの決勝で2得点を挙げ、3:2で韓国を下し優勝している。

このように、若い選手にとっては有り余るほどの輝かしい経歴を持つ浅野だが、意外にも彼はそのことを特に意識はしていない。それどころか、毎週このスタジアムを包み込む素晴らしい雰囲気の中でプレーできることを素直に喜んでいる。

カールスルーエとのダービーで決めた得点の後に贈られた賞賛の声、しかもVfB移籍後の初ゴールとして贈られたお祝いの言葉にも心から感謝をしていると言う。

 

「得点が決められたのは良かったんですが、まだ十分チームに貢献できているとは言えません。」

「もっと改善していきたいです。」

と、浅野は自重気味に言った。

彼は、前のチームで付けられていた「ジャガー」という愛称に恥じないよう、今季のゴール目標を2桁に設定している。

「一番はチームの1部昇格に貢献すること、それから個人的には今季2桁のゴール数を狙っていきます。」

 

そんな浅野は、交代時の姿も印象的だ。

ピッチを出る際に、フィールドに向き直って一礼する。

「日本でチームメイトや対戦相手、審判に感謝の気持ちを表すための当たり前の動作として教わりました。」

彼は言う。

「子供の頃からもうずっとなんで、たぶんこれからもします。」

彼のこの姿はシーズン終了まで見ることができるだろう。

そして、先日の日曜日は、そんな浅野拓磨カールスルーエの本拠地ヴィルトパルクシュタディオンで第一歩を踏み出した記念すべき日となった。